ありがとう楽しかった 第5話

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えらいながらも作った赤鬼。亡くなる1ヶ月前の笑顔。
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えらいながらも作った赤鬼。
亡くなる1ヶ月前の“最後の作品”。

デイサービスに通い始めて少し経った頃。
呼吸が苦しい日、深夜に弱音を見せた日、それでも彼は「行ける日は行く」と言って玄関をくぐっていた。

節分前。えらい体で椅子に座る

1月末、デイサービスでは節分の準備が始まっていた。
色紙や折り紙が机いっぱいに広がり、周りの利用者たちは楽しそうに鬼を作っていた。

その日、彼は朝からしんどそうだった。
体重が落ち、呼吸も浅い。椅子へ腰を下ろす動きさえゆっくりだった。

「○○さんも、一緒に鬼つくります?」

声をかけると、一瞬ためらってから小さく言った。

「まあ…できるか分からんけど…やってみます。」

赤鬼を選んだ理由

色とりどりの折り紙の中から、彼は迷わず“赤”を選んだ。
その赤は、疲れた顔と対照的で、どこか力強さがあった。

でも、紙を持つ手は震えていた。
のりをつけるときも息が荒くなり、何度も手を止めた。

「若いんやから、もっと元気出しぃや〜!」

周りの80代の利用者が、冗談まじりに励ますと、彼は照れたように笑った。

完成した赤鬼は、なぜか笑っていた

完成した赤鬼は、紙が少し曲がり、眉も左右で違う。
のりははみ出し、角も少し傾いている。

でも、その赤鬼は、どこか彼本人の表情に似ていた。
不器用で、優しくて、どこか寂しそうで、それでも笑っている。

「ちゃんとできんけど…まあ、これでええんですよね。」

その笑顔は、デイサービスに来てから一番やさしい笑顔だった。

この“作品”を作った日から、ちょうど1ヶ月後

この赤鬼を作ったのは、亡くなる1ヶ月前のこと。
まだ体に少しだけ力が残っていて、自分で何かを作ることができた最後の時期だった。

彼が残した「作品」は、ただの工作ではなく、
“生きている自分を確かめた証” だった。

今でもデイサービスの壁には、その赤鬼が貼られている。
節分のたび、スタッフはその前で足を止める。

「○○さん、これ最後に作ったんよな。」
「ほんま、よう頑張ってはったな。」
えらい体でも、手が震えても、呼吸が苦しくても、
人は何かを作ろうとする。

その一瞬の「前を向く力」が、どれほど貴重で尊いのか——
彼の赤鬼は、今も静かに教えてくれている。

WEB ART STORIES 編集室

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