亡くなる3日前まで、
デイサービスに来た人。
余命半年と言われた五十三歳の男性は、
病状が進んでも、行ける日にはデイサービスに来ていた。
亡くなる3日前まで、「いつも通り」の一日を選び続けた。
玄関の段差が、少しずつ高くなっていく
体重が落ち、足取りが重くなってきた頃でも、彼は玄関で靴を履き替えようとした。
段差は変わらないのに、そこを跨ぐ動作だけが日ごとにゆっくりになっていった。
「……行けるうちに、行っときたいです。」
それが、ここ最近の口ぐせのようになっていた。
送迎車に乗るときの表情は、しんどさと、どこかの覚悟が混ざっていた。
デイルームで、ただ座っている時間
前のように体操をフルでこなすことは難しくなっていた。
手足の動きは小さく、途中で息が上がり、椅子にもたれる時間が増えた。
それでも、彼はデイルームの隅ではなく、誰かの隣に座りたがった。
そう言って、八十代の利用者の横に腰を下ろす。
その姿は、介護される人というより、
同じテーブルを囲む「仲間」の一人だった。
食事は一口ずつになっていた。
「今日はこれくらいにしときます」と、途中で箸を置く日も増えた。
そう声をかけると、彼は少しほっとしたように笑った。
それでも、「今日は楽しかったです」と言った日
亡くなる3日前、その日も彼はいつものように送迎車に乗ってきた。
もうほとんど食事は入らず、レクにも参加したりしなかったり。
それでも、みんなの会話を聞きながら、時々うなずいていた。
帰りの時間。靴を履き、玄関で一息ついたあと、彼はぽつりと言った。
その「楽しかった」は、笑い声に溢れた一日だったという意味ではない。
しんどさの中でも、「いつもの場所にいられた」という、
とても静かな満足の「楽しかった」だった。
送迎車の中で、窓の外の景色をゆっくり眺めていた。
信号待ちのとき、ふとこちらを向いて言った。
その言葉を聞いたとき、 デイサービスは「介護の場」である前に、 一人の人が“人間として混ざれる場所”であることを改めて思い知らされた。
その日が、最後の登所になった
その日を境に、彼の体調は急激に落ちていった。
翌日は起き上がるのも難しくなり、訪問診療とともにベッドサイドでの時間が増えた。
もう一度デイサービスに行きたい、という言葉は出なかった。
でも、あの日の「楽しかったです」という一言の中に、
その気持ちもすでに含まれていたのかもしれない。
その選択を支えるのが、介護の仕事なのだと思う。
デイサービスの日常は、どこにでもある風景に見えるかもしれない。
しかし、誰かにとってその「いつも通り」が、
人生最後の3日間のうちの1日になることがある。
だからこそ、何気ない一日を丁寧に積み重ねることは、
その人の人生のラストシーンをつくることでもある。
WEB ART STORIES 編集室

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